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拝啓御両親 娘は今日も元気です
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2005.08.01 Mon
ふと、思い出したこと。

小学校6年生の保健の授業のコラムに
「平凡な人生か、否か」という内容のものがありました。
日本では、平凡な人生が一番だという教育をするが
フランスでは、母親は人とは違う人生を歩めと教える
というような内容でした。

その話を母にしたら、
「平凡な人生も維持するには大変なのよ」
とちょっと不愉快そうな顔をしていました。


が、
今になってみると
「平凡か変わっているか」という議論は
なくなっちゃっているな~、と思ったのです。
言いませんよね、そんなこと。

「平凡」というのは、大企業のサラリーマンになって
奥さんは専業主婦になって、子供は勉強頑張って
ということだったと思いますが
そのスタイル自体がある時代にしかない特異なものだったからでしょう

せっかく、オトナになったら分かるかも、って思ってたのに・・・

今なら、「平凡」と言われていたスタイルを維持するのも
かなり意識的に選んでいかないとできないですよね

同じように
「ゼネラリストかスペシャリストか」という議論も
だんだん聞かなくなってきたと思います。
これも、ポイントはゼネラルかスペシャルか、というところではなかった
ということなんでしょうね


AかBか、と言われて結論が出ないことって
後になって考えてみると
その問い自体が成立してしまうことが問題だったり
ポイントはそこじゃなかったりというふうに
実は狭い範囲で考えているから結論がでなかった
ということが結構あるんではないかな、と思ったのでした。
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